【インタビュー】画家・佐藤潤×Matagot社が挑んだ、美しき新作ボードゲーム『KANO』の舞台裏

フランスのボードゲーム出版社「Matagot(マタゴー)」が、日本美術の狩野派をテーマにした新作ボードゲーム『KANO』を発表しました。

その美しいアートワークを手がけたのは、動物をモチーフとした繊細な手描き作品で国内外にファンを持つ画家の佐藤潤さん。

今回は、ゲームマーケット前に開催された佐藤潤さんの個展会場でのインタビューと、ゲームマーケットの会場で行われたMatagot社のCEOであるアルノー・シャンパルティエさんのインタビューをお届けします。

異色の国際コラボレーションはどのようにして生まれ、そしてこの美しさを持つゲームへと結実したのか。それぞれの視点から舞台裏を語っていただきました。

【アーティスト・インタビュー】

画家・佐藤潤が挑んだ初のボードゲームアート

ーー佐藤さんは幼少期にボードゲームの経験があったとか。

佐藤: 小・中学校の頃、仲間内で流行っていたんです。当時はファミコンが出始めた時期でしたが、私たちはサンライズ系アニメのシミュレーションゲームやウォーゲーム、それからスティーブ・ジャクソンの「ソーサリー」シリーズといったゲームブックに熱中していました。あの少し泥臭くて、お世辞にも綺麗とは言えないけれど、どこかドロドロとした深みのある世界観が大好きだったんです。

高校生になって友人たちと進路が分かれてからは遊ばなくなってしまいましたが、当時友達と分担して買ったゲームのうち、アークワックワークスの動物を進化させるゲームなんかは、動物好きだったこともあって今でも大切に家に保管してあります。

InstagramのDMから始まった、フランスからのオファー

ーーそんな佐藤さんが、なぜ今回フランスのゲーム会社からのオファーを受けることに?

佐藤: 始まりはInstagramのダイレクトメッセージでした。「日本をテーマにしたゲームを作るので、アートワークを担当してくれないか」と。

これまでジグソーパズルや壁紙、刺繍の見本といった形での商品化の経験はありましたが、ボードゲームは初めて。一瞬「大丈夫かな」と思いましたが、自分にボードゲームの原体験があったこと、そして何よりテーマを聞いた瞬間に「これは絶対にやりたい、自分ならできる」と直感し、二つ返事で引き受けました。下手に今のボードゲーム業界の盛り上がりを知っていたら、逆に尻込みしていたかもしれません(笑)。

手描き画家を悩ませた「プレイアビリティ」と「時代考証」の壁

ーー実際の制作プロセスでは、普段の絵画制作とは違う苦労があったのではないでしょうか。

佐藤: やはりゲームとしての「プレイアビリティ(遊びやすさ)」との戦いでした。カードやタイルの形状という物理的な制限の中にモチーフをはめ込まなければなりません。例えば「川」のモチーフ一つとっても、ゲームとして機能させるために、Matagot社側から「この形で川をはめてほしい」という厳密な指定があり、その調整は予想通り難航しました。

ーー特に「手描き」にこだわられたからこその苦労もありそうですね。

佐藤: そうなんです。私はデジタルではなくアナログの手描きで制作をしています。カード同士を組み合わせたときに、背景やモチーフの色が完全に繋がらなければなりません。

そのため、普段の制作ではしないのですが、「何色を混ぜてこの色を作ったか」という配合をすべて書き出しました。そうしないと、プレイヤーがタイルを繋げて1枚の絵を作ったときに、川や背景の色がまちまちになって、繋がって見えなくなってしまうからです。

また、普段使っている和紙だと1枚ごとに個性の差が出すぎてしまうため、同じロットのボード紙を買い込み、カットして使うという工夫もしました。

ーーグラフィックの随所に見られる「雲」の表現も印象的です。

佐藤: あれは、限られたタイルの中で絵を不自然に途切れさせないための私のアイデアです。木の根っこや、途中で切れてしまう枝を雲で隠してしまえば、繋げたときに違和感がありません。当初、Matagot社からは「霧を描いてくれ」と言われたのですが、日本の伝統絵画の文脈では霧よりもこういった雲の方が馴染むので、「これでもいいか」と提案して描き込みました。

ーー登場するキャラクターたちのデザインについても、こだわりがあったと。

佐藤: 貴族、大名、お姫様、画家、老人といった人物を含めて40点以上、約2ヶ月で描き上げました。実は私、普段の作品では動物ばかりで、伝統的な服装の人物を描くのはこれが初めての挑戦だったんです。

最初にMatagot社から送られてきたデモ版の参考画像は、中国の皇帝のような服装でした(笑)。海外の方が持つ本来より派手で「浮世絵風の日本」のイメージを汲み取りつつも、日本人としておかしな描写にはしたくなかったので、室町時代から江戸時代末期までの正確な装束や兜の形を、妻に時代考証をしてもらいながら描き込んでいきました。自分のスタイルの中でこれだけの人物を描けたことは、画家としても非常に良い勉強になりましたね。

プレイヤーの手で完成する、無限の景色

ーー今回のアートワークで、プレイヤーに特に見てほしいポイントはどこですか?

佐藤: このゲームは、私が描いた小さなピースが集まることで、初めて1枚の大きな絵が完成します。でも、実はこのゲームに固定された「完成図」は存在しないんです。プレイヤーによって川が上に来たり、動物が下に来たり、遊ぶたびにどんどん景色が変わる。

私が上下左右の繋がりを必死に計算して作ったピースたちが、皆さんの手によってどんな景色に化けるのか。それこそが私が見てみたい景色でもあります。

ーー最後に、日本のボードゲームファンへメッセージをお願いします。

佐藤: 私は普段ゲームから離れていたこともあり、制作中は「このゲームのどこが一番面白いのか」を100%理解しきれないまま、必死に絵を切り出して送り出しました。

今後は自分でもこのゲームをたくさん遊んで、その魅力を人に伝えられるようになりたいです。そして、もし体験会などで皆さんにお会いできたら、逆にこのゲームのどこが面白いのか、その魅力を僕に教えていただけたら嬉しいですね。

【パブリッシャー・インタビュー】

Matagot社長アルノーが語る、日本の美との融合

「佐藤潤の美しいアナログの手描きが、ゲームに最高のカラーを与えてくれた」

ーーゲームマーケットでの『KANO』の販売、ものすごいスピードで完売しましたね。

アルノー・シャンパルティエさん(以下、アルノー): 本当に驚きました! 何を期待すべきか分からないまま臨みましたが、用意した商品があっという間に売れてしまって……嬉しい悲鳴です。振り返ってみれば、もっと多くの商品を持ってくるべきでした。ブースに来てくれた多くの人がすでに彼の(佐藤さんの)ファンになり、このゲームを手に入れるために足を運んでくれたのがわかりました。

ーー今回、画家の佐藤潤さんにアートワークを依頼した経緯を教えてください。

アルノー: 「日本の美」や「絵画」をテーマにしたゲームの企画が立ち上がったとき、私は現代的でありながらも、クラシカルな日本のスタイルにマッチする本物のアーティストを探していました。そこで友人のネットワークを頼って相談したところ、彼女がいくつかの素晴らしい推薦をしてくれたのです。その中で圧倒的に際立っていたのが、佐藤潤さんでした。

ーー実際のコラボレーションの進行はいかがでしたか?

アルノー: 言葉の壁を越えて、良好なプロセスでした。成功の要因は、佐藤さんが早い段階から「ゲームそのもの」を理解しようと強い興味を持ってくれたことです。私たちが作った、まだグラフィックも何もない“プロトタイプ版”を実際にプレイして、ゲームの流れを把握してくれました。だからこそ、いざ本番の作品を提供する段階になったとき、彼はこちらが何を必要としているかを正確に分かってくれていたのです。

日本市場の熱量と、これからの『KANO』

ーー海外のパブリッシャーから見て、現在の日本市場はどのように映っていますか?

アルノー: 実を言うと、これまでは日本市場について深く考えたことはありませんでした。欧米に比べれば、市場の絶対的な規模自体はまだ小さいかもしれません。

しかし、実際に来てみて分かったのは、日本のコミュニティは「信じられないほど活発で、ゲームへの愛に満ちている」ということです。どんなに尖った種類のゲームであっても、日本では必ずそれを受け入れるゲーマーが見つかります。この文化は、アナログゲームの未来にとって非常に強力な可能性を示していると思います。

ーー今回手に入れられなかったファンに向けて、今後の流通プランを教えてください。

アルノー: 日本の皆さん、安心してください。『KANO』の一般流通版は、今年の12月、あるいは状況次第で、現在最適なタイミングを検討しています。

デジタルイラストレーションで制作されたゲームが多い現代において、佐藤さんのアナログな手描きアートが持つ力は、この業界でも非常に異質で、だからこそ真似のできない特別な価値を持っています。このゲームが、さらに多くの日本のゲーマーの皆さんに愛されることを心から願っています。

おわりに

「日本」という共通のテーマを掲げながらも、フランスのパブリッシャーが求めるゲームとしての機能美(プレイアビリティ)と、日本の画家が譲れない伝統的な意匠や美意識。本作『KANO』の誕生は、まさにその二つの価値観が正面からぶつかり合い、見事に調和した結晶と言えます。

佐藤潤さんが語る「1枚の固定された完成図はなく、プレイヤーの手で無限の景色に化ける」という言葉は、ボードゲームというアナログメディアが持つ最大の魅力を言い表しているのではないでしょうか。デジタル化が加速する現代だからこそ、職人技のような手描きのアートワークを手のひらで組み合わせ、自分だけの景色を紡ぎ出す体験は、私たちの五感を心地よく刺激してくれます。

国境を越えたクリエイターたちのリスペクトが生んだこの美しいゲームが、今冬、日本の多くのゲームテーブルを彩る日が今から待ち遠しくてなりません。

お知らせ

佐藤潤さんが、京都でKANO試遊会を開催されます。
日時:8月1日土曜日 13時30
場所:京都駅周辺(ご予約後にお伝えします。)
予約:”事前申込制 参加無料 お申し込みは rm_muse@yahoo.co.jpまで