ボードゲームを作った人の話を聞く【作者直撃】シリーズ。今回は、海外からの評価も高い名作『横濱紳商伝』の作者であり、多作ながらも独創的なゲームデザインで知られるOKAZU brandの林尚志(はやし・ひさし)氏に話を聞いてきた。
ご夫人で、OKAZU brandのアートワークを一手に引き受けるデザイナー・ryo@にゃも氏も同席するなかで語られた、泉のごとくゲームシステムのアイデアが湧き出る林氏のゲームデザインのスタイルと哲学にご注目あれ!
大学生のときに初めて本格的なボードゲームを制作
──林さんがボードゲーム製作をはじめられたきっかけは、どのようなものでしたか。
林:もともと小さなとき、それこそ幼稚園児ぐらいのころから方眼のノートに迷路やゲームブック、もう少し大きくなってからはシミュレーションゲームのようなものを作っていました。
高校生の時にTRPG(テーブルトークRPG)を始めて、大学の時にシミュレーションゲーム(ウォーゲーム)のサークルに入ったんです。歴史が古いサークルだったのですが、当時はシミュレーションゲームをほとんどやらず、TRPGとTCG(トレーディングカードゲーム)、特に『マジック・ザ・ギャザリング』などをプレイしていましたね。そこで、後から入ってきたドイツのボードゲームなども遊んでいました。
──シミュレーションゲームからTRPG、TCGと流行が移っていたころといいますと、1990年代から00年代にかけてぐらいでしょうか。
林:そうですね。それで、大学の文化祭でオリジナルのゲームを作って出展したのが、世に出た最初の自分のゲームになります。航空会社の経営のゲームと、三国志がテーマの二人対戦カードゲームでした。このときのゲームは、当時サークルで流行っていたゲームの影響を大きく受けていたと思います。
その後、社会人になって実際にゲームマーケットで作品出展し始めたのは2007年からです。周囲にすでにゲームマーケットで作品を出されている人がいたので、自分もやってみようと思いました。
──林さんはさまざまなゲームをデザインされてきていますが、ご自身ではどのようなゲームがお好きななのでしょうか。
林:シリーズとして好きなのは、いわゆる『18XX』シリーズの作品ですね。たくさん持っているのですが、このゲームは一回のプレイに6時間ぐらいかかるんです。他には、個人的にパズルが好きなので、紙ペンゲームやタイル配置のゲームなども好きなジャンルになります。それと、時間が余ったときなどは軽いゲームもプレイするので、嫌いなものはほとんどないという感じです。
ただ、どんなに好きであっても、今はひとつのゲームを繰り返し遊ぶということがほとんどありません。これは自分がゲームデザイナーということもあるのですが、どんどん新しいゲームをプレイしてインプットを増やしていきたいということがあります。
──ご自身がデザインしたゲームのなかで特にお気に入りのものは。
林:僕は鉄道が好きなので、鉄道がテーマのゲームが気に入っています。最近のものなら『レイルウェイブーム』(2022年)などですね。
システムのアイデアは常にストックしている
──OKAZU brandのゲームは、独自性にあふれた多種多様なメカニクスが持ち味なのではないかと思います。ゲームをデザインするにあたって、どのようなことを重視していらっしゃいますか。
林:ボードゲームが好きになったきっかけであり、趣味になったきっかけがドイツのゲームなので、ユーロゲームのデザインというものが自分の源流にあるかと思います。ですから、最初から日本だけではなくて世界に向けたゲームをデザインするつもりでいます。海外のプレイヤーにも遊んでもらうことを意識して、言語依存が強いゲームなどは、できるだけ作らないようにしていますね。
──他にシステマチックな部分で心がけていらっしゃることはありますか。
林:ゲームデザインにおいては、システムから作るか、テーマから作るか、ギミックから作るかということがよく話題にのぼるのですが、私はシステムから作る派です。ふだんからシステムのことを考えていますね。それを記録しながら日々過ごしています。
──記録しておいたシステムの引き出しのなかから個々のゲームのテーマにあてはまるものを探して落とし込んでいく、といった作り方ということでしょうか?
林:そうなります。ですから、最初はテーマがないプロトタイプのゲームの骨組みだけができていたりします。
──OKAZU brandの作品は多岐に渡るテーマも特徴のひとつです。林さんがお好きという鉄道のほかに、動物や歴史などのテーマの作品が多い印象があるかと思えば、競りやダイスロールといったシステマチックな部分であったり、紐を使ったり5×5に配置するタイルゲームだったりなど、コンポーネントによる差異もあります。同じシステム、同じテーマのゲームがほとんどないですね。どのようなインスピレーションがあってシステムとテーマを合わせているのでしょうか。
林:僕は鉄道と歴史がそもそも好きなので、これらのテーマの重めのゲームについては頭の中にこのシステムが当てはまるんじゃないか、というアイデアが早い段階で出てきます。一方、軽いゲームの場合はノンテーマでシステムだけを作ったものに、デザイナーのryo@にゃもさんが後からテーマをつけてくれたりします。
あと、歴史ものなどは、テストプレイを手伝ってくれている皆さんが歴史好きが多いので、その方たちの意見を取り入れたりもしています。みんな古くからの知人で、大学のサークルの先輩や後輩だったりしますね。
──システムのストックはつねにたくさんお持ちなのでしょうか?
林:いつも数十……今も50ぐらいはあると思います。ただ、システムのストックがあるからといってすぐにゲームができるわけではありません。システムができたとしてもデータを整理してプロトタイプに持っていくまでが大変なんです。例えばキャラクターを使うゲームだったら、キャラクターのパラメーターを全部作らなくてはならないのですが、そういったことがまったく浮かばなくて制作に移れないものもたくさんあります。
──パラメータなどの数値面などは、先ほどお話しに出てきたテストプレイを繰り返すなかで調整していくということでしょうか。
林:もちろんテストプレイで確認することはしています。ただ、(ゲームデザインを専門にしている)自分以外のテストプレイのメンバーはみんな社会人でふだんは別の仕事をしていますから、テストプレイに使える時間は限られます。できるだけたくさんテストしたいのですが、そうもいかないですよね。
パラメータなどについては、僕はエクセルやカードを使ってデータ管理しているのですが、エクセルで評価式を自分で作って、何かひとつのデータの数字をいじると、他のものも調整できるようにしました。
──ゲームのデザインするうえで手間をかける部分としては、システムを考えることと、バランスやパラメータの調整と、どちらにウエイトを置いてらっしゃいますか?
林:大変なのは調整のほうですね。システムはプロトタイプを作る段階で時間がかかるときもありますが、ずっとそれに関わっているわけではないし、急に「できるかもしれない」とひらめくときもある。ですから、工数としては多くないんです。そこからテストプレイして、直して、またテストプレイして直して……というプロセスが非常に時間かかるところなので、ウエイトとしては調整のほうがずっと多いと思います。
アートワークは初期からryo@にゃもさんに一任
──OKAZU brandの作品の多くは、アートワークをryo@にゃもさんがご担当されています。どのような経緯でお願いすることになったのでしょうか。
林:ryo@にゃもさんがもともと仕事でDTP(デスクトップパブリッシング=デジタルによるデザイン)をしていて、さらにイラストを描くこともできたので、最初から今日に至るまでお願いしています。
──それなら、OKAZU brandはお二人のユニットということになりますね。
林:そうですね。それと、テストプレイしてくれるメンバーもあわせて、OKAZU brandということになると思います。先ほどにもお話ししましたが、テストプレイをしているシステムだけのゲームを見せると、翌日にイメージやイラストができあがっていたりするので、非常にありがたいですね。
──なるほど。ちなみに、ryo@にゃもさんがテーマをお考えになったゲームにはどんなものがありますか?
ryo@にゃも:『ひつ陣』(2017年)ですとか。
──動物テーマのゲームでしょうか。それですと、『カピ原』(2021年)なども? 確かに、『横濱紳商伝』や『レイルウェイブーム』といった作品とは違ったセンスを感じます。テーマ付けの部分はryo@にゃもさんもアイデア出しに参加していらっしゃるのですか。
ryo@にゃも:歴史・鉄道のゲーム以外に関しては、基本的に二人で相談して決めます。『ひつ陣』のときは、数字だけ書かれたプロトタイプだけがあって、それを伝えられた翌朝に、私が勝手にタイトルまで決めて「(アートワークの)イメージを作っておいたから」と渡しました。
──『ひつ陣』をはじめとして、OKAZU brandのタイトルのアートワークについてはryo@にゃもさんのイメージが強く反映された形で出来上がってくるということなんですね。
林:アイコンなどのゲームに関わる細かい部分は自分がやりますが、基本的にはお任せしています。特に軽いゲームについてはノンテーマで作ることが多いので、その傾向が強いと思います。家庭内で日常的に相談しながら製作しているので、リテイクもほぼありません。
はじめから海外を意識してゲームを制作している
──OKAZU brandの作品は『横濱紳商伝』をはじめ、海外でも高く評価されています。どのような部分が海外で受けているとお考えでしょうか。
林:先ほどもお話ししましたが、そこはやはり最初から海外を意識して作っているというところを評価していただいているのかと思います。それと、(デザインとしても)ユーロゲームの影響を受けているので、受け入れてもらいやすいのではないでしょうか。僕自身、ドイツをはじめとしたユーロゲームが好きでボードゲームにハマったということもありますし、特に初期の作品については、ライナー・クニツィアの影響を強く受けていますね。あともうひとり好きなデザイナーを挙げるとしたら、マーティン・ワレスです。
──特に『横濱紳商伝』はそう感じるのですが、たくさんの要素をまとめあげて形にするというのは、現在のユーロゲームの流行の、複雑なあたりを先取りした部分があるのではないかと思います。
林:『横濱紳商伝』のアイデアはかなり前からあって、発売するまでに8年かかっています。昔のファイルを見返してみたら、2008年に草案のようなものを書いていたのを見つけました。もともとは“サイコロを振らない『カタン』”みたいな感じのものが原型だったんです。
──8年間かけてブラッシュアップしていった感じですか。
林:2008年にもとになるシステムを考えて、具体的に動いたのは確か『セイル・トゥ・インディア』(2013年)を作ったあとぐらいだったと思います。『セイル・トゥ・インディア』は“500円ゲームズ”という企画に参加して500円で販売したもので、コンポーネントを極限まで絞ってミニマライズしたうえで、それでも複雑なシステムのゲームだったのですが。
──一方で『横濱紳商伝』はかなりコンポーネントに力を入れた本格的なゲームになっていますね。凝ったコンポーネントのものを出し始めたのはいつぐらいからでしょうか?
林:『ミネルウァ』(2015年)を作ったときに初めて海外の印刷所を使ったので、そのときからです。それまでは、それぞれのパーツを自力で作って自分の家で組み合わせてパッケージしていました。
──では、商業ベースに切り替えて、専業のゲームデザイナーとしてやっていこうとお考えになったのはいつごろだったのですか。
林:これは『ミネルウァ』のときより少し前の話になりますが、2014年の8月に会社を辞めて独立したので、そのあたりがゲーム一本で行こうと思った時期になります。当時デザイナーとして海外から頼まれた仕事がいくつか重なって、別の仕事をしながらではとてもできないという状況になっていたんです。
──すでに当時から海外からの評価が高い状況だったんですね。
林:そうですね。ありがたいことに『トレインズ』(2012年)がヒットしまして、その前の『ひも電』(2009年)なども海外で賞をいただいたりしたのですが、やはり『トレインズ』の反響が大きかったです。これで海外からも声がかかるようになり、仕事がもらえるようになりました。
──海外絡みの話としては、ご自身でもお気に入りという『レイルウェイブーム』がシモーネ・ルチアーノ氏のディヴェロップメントによって新版制作の発表がされています。こちらはどのような経緯で決まったものでしょうか。
林:ゲームマーケット2023春の1ヶ月前にアークライトさんから連絡をいただいて、『レイルウェイブーム』の再販をアークライトで行いたいということと、ゲームマーケットにゲストとして来日するルチアーニさんにディヴェロップをお願いすることを考えているという話をお聞きしたんです。その時点では決定事項ではなかったのですが、私としてもぜひお願いしたいと話しました。この話が本決まりになったのは、ゲームマーケットが開催されるギリギリ前だったと思います。
──ゲームマーケット当日は、特設ステージで行われたルチアーニ氏のトークショーに林さんが登場するということがありました。
林:あのとき僕は何も話す予定がなかったのですが、ステージに上がったら僕がいろいろと発表しないといけない空気になっていて(笑)
──『レイルウェイブーム』も含め、今後も海外とのコラボレーションはどんどん続けていこうとお考えでしょうか。
林:機会があればやりたいですね。
超重量級ゲーム『ユグドラサス』とOKAZU brandのこれから
──今後はどのようなゲームをデザインしていきたいとお考えですか。
林:これまで通り、いろいろなものをデザインしていきたいですね。似たようなゲームを連続して作るのがあまり好きではないので、わざと違うゲームを作ったりするんですけど、なるべく多ジャンルのゲームを作っていきたいと思っています。それと、また重量級のゲームをデザインしたいという気持ちもありますね。
──林さんがデザインされた重量級ゲームというと、OKAZU brandの作品ではありませんが、“Kaiju on the Earth”シリーズの『ユグドラサス』(アークライト、2021年)の名が挙がるかと思います。日本人のデザインしたタイトルでは、ここまで重いゲームは珍しいと思いますが。
林:『ユグドラサス』は、もともと2時間くらいでプレイできるゲームを作ろうと考えていました。上杉真人さんが『ボルカルス』(2019年)をデザインするという話が出て、動き始めたころに私のほうにも第3作の話が来たと思います。第1作『ボルカルス』と第2作『レヴィアス』(2020年)が一対多の非対称型の半協力対戦ゲームだったので、3作目はネタがかぶらないように拡大再生産のゲームにしようと思って作っていましたね。
──『ユグドラサス』は想定するプレイ時間が“1日”と発表されて話題を呼びました。実際のプレイ時間は、ルールが分かっていたりプレイ経験があれば4~6時間程度まで縮まるという声もあります。
林:それでも、あまり回数ができるゲームではありませんよね。実際のところ、重いゲームは作るほうもすごく時間がかかるんです。プレッシャーもあって、重いゲームを作っているストレス解消、気分転換のために軽いゲームを作るなんてことがあったぐらいで(笑)。『ユグドラサス』も1年半ぐらいかかりました。
──テストプレイも大変だったのではないですか。
林:いろいろと分かっているメンバー同士でやっていたせいもあるんですが、テストプレイでは3時間ぐらいで終わっていたんです。それでアークライトさんにプロトタイプを持って行って初めてプレイする人たちと遊んだら6時間ぐらいかかってしまって。これはまずいと思い、ゲーム全体で4年だったのを3年にしたり、他にもいろいろな要素を削って3分の2ぐらいのボリュームにしましたね。
──最後に、林様のゲームをプレイしているボードゲーマーの皆さんに向けてひとことお願いいたします。
林:これからも僕はゲームマーケットごとにゲームを作っていくと思うので、ぜひ皆さんも私のデザインしたゲームを楽しんでいただければ幸いと思います。よろしくお願いします。
いかがだっただろうか。多作であり、なおかつ同じシステムのゲームがほとんどないという林氏。その独創性と多様性を支えているのは、常に数十ものアイデアをストックしているというデザインスタイルと、妥協のないテストプレイおよび調整、そしてryo@にゃも氏のアートワークだ。
常に海外を意識し、似た作品を続けて作らないという林氏の哲学が生み出すOKAZU brandの作品群は、今後も我々プレイヤーを驚かせ続けてくれるだろう。