【インタビュー】アナログ、デジタルを問わずゲーム界で異彩を放つドロッセルマイヤーズ・渡辺範明氏に、ボードゲームのプロデュースについて聞いてみた!

ボードゲームブランド“ドロッセルマイヤーズ”から『ドロッセルマイヤーズさんのさんぽ神』をはじめとする“ゆるゲー”の数々を送り出した、株式会社ドロッセルマイヤー商會の代表・渡辺範明(わたなべ・のりあき)氏。

一方で“Kaiju on the Earth”“ヨフカシプロジェクト”“小学館グッドゲームズ”といったシリーズのプロデュースとディレクションを務め、錚々たる顔ぶれのゲームクリエイターと共に数多くのゲームを手掛けている。さらにデジタルゲームの世界にも精通し、書籍『国産RPGクロニクル ゲームはどう物語を描いてきたのか?』(イースト・プレス刊)を執筆したり、サンデーうぇぶりで連載されるコミック『Kaiju on the Earth ボルカルス』では原作を担当したりするなど、著作活動も精力的に行う。

アナログ、デジタルを問わずゲーム界において異彩を放つ渡辺氏は、どのような経緯をたどって今の場所にたどり着いたのだろうか。これまでのゲーム遍歴と、プロデュースにおける氏の手法、哲学を聞いた。

(取材地:東京都・ドロッセルマイヤーズ事務所)

ゲームに渇望した幼少期を経て、ゲームメーカーに就職

──アナログ、デジタルを問わずゲーム関連でご活躍の渡辺さんですが、ボードゲームに興味を持ち始めたきっかけはどのようなものでしたか。

渡辺:ゲーム業界に入りたいと思ったのは大学時代の後半になってからです。それまでは建築家になりたいと思っていました。だから大学も建築学科に進んだのですが、ゲーム自体は子供の頃からずっと好きだったんです。うちは父が結構オタク気質で、パソコンでプログラミングもするし、ゲームも遊ぶタイプだったんです。

ただ、それと家の教育方針は別で、子供にはなかなかゲーム機(当時はファミコン)を買ってもらえなかったんですね。近くにあって、すごく魅力的なのに、自分は触れられないもの……そういうものって、渇望が高まりますよね。だからゲームに対する特別なこだわりが生まれたのは、そういう環境の影響が大きいと思います。中学生のときにやっとゲームが解禁になって、当時はもうスーパーファミコンが主流の時代でした。そのあと、高校の頃にはプレイステーションやサターンが出てきて。大学時代は一人暮らしになったのをいいことに、ゲームに没頭しました。

一方、ボードゲームのほうはというと、僕が育った静岡市にはアナログゲームを扱っているお店もいくつかあって、少しずつですが接する機会がありました。例えば、百町森という木のおもちゃや海外の玩具を扱う老舗のおもちゃ屋さんがあるのですが、そこがHABAやドイツのクラシックなゲームを置いていたんです。それと、おもちゃ天国赤春堂というお店が当時TRPGや海外の少しマニアックなゲームですとか、ウォーゲームなどを取り扱っていて、確か高校生のときに『ガイスター』を買ったのはそこだったと記憶しています。

──アナログゲームに接する機会もあったということですね。ゲーム業界への入口としては、デジタルのほうが先になったとのことですが。

渡辺:学で建築学科に入り、それも自分なりに真剣に取り組んではいたのですが、いろいろ考え方とか興味の変遷があって、卒業が近づく頃には「自分が本当に作りたいものは建築物なんだろうか?」という疑問を抱くようになっていました。ものを作るという意味では建築以外のメディアでもいろいろ選択肢がありますし、僕はゲームだけではなくて映画も、漫画も、アニメも好きですが、そのなかからゲームを選んだのは、ゲームだったら、特別優れた作品だけではなくて、いわゆる「クソゲー」まで含めて全てを愛せるなあ……と思って。それでゲームがいちばん職業にするのに向いていると思ったんですね。

そのような流れで、大学4年のときにゲーム業界の会社にいくつか応募したのですが、就職氷河期ど真ん中だったのにも関わらず、僕の就職活動の仕方は甘っちょろすぎて、初年度は全社落ちました。卒業に必要な単位は全部取ってあったので、大学に籍を置きながら1年ほど就職浪人みたいな時期を過ごして、その次の年にエニックス(現スクウェア・エニックス)に辛うじて内定をもらうことができたんです。

実はこの就職浪人の一年間に、友達とチームを組んで(デジタルの)インディーゲームみたいなものを作ったりしていたのですが、これは結局完成せず世に出ることもありませんでした。ただ、いま思うとかなり「オンライン・ボードゲーム」的な方向性の作品だったと思います。当時はすでにウルティマ・オンライン内で『人狼』が人気だったり、僕らも仲間内で『ディプロマシー』を遊んでいたり、あとカプコン版の『カタン』が発売したりして、誰かと会話しながら遊ぶゲームが非常に面白いと思っていました。いま思うとドロッセルマイヤーズは、この学生チームで果たせなかった夢に再挑戦しているような部分もあります。

デジタルゲームメーカー時代に学んだプロデューサーの流儀が今に活きる

──エニックスに入られてからは、どのようなお仕事をしていらっしゃったのでしょうか。

渡辺:エニックスが特殊だったのは、最初からプロデューサー職での採用だったことです。他のゲーム会社へはプランナーで応募していたんですが、当時の自分はこのふたつの違いもたいして理解しておらず、プロデューサーで採用になると決まってからそれがどんな仕事なのかを本で読んで勉強したぐらいでした。そして入社してみると、当時のエニックスは体育会系で、かつ実戦主義。丁寧な育成システムがあるわけではなくて、とりあえず海に叩き込んで、なんとか溺れ死なずに泳げたやつを使うみたいな感じでした。

ひと口にゲームプロデューサーといっても、会社によって、個人によって、いろいろな流儀があると思います。プロジェクトのまとめ役ですから、上から強権を発揮して引っ張っていくようなやり方もあると思うのですが、当時僕がアシスタントについた先輩は現場のスタッフとの関係を大切にしていて、できるだけ同じ釜の飯を食いながら、同じ目線を共有していくというスタイルでした。その先輩たちの事は今も尊敬していますし、今の自分の仕事の仕方もその延長線上にあるという気がしますね。

──プロデューサーとして学んだことが、今に活きているということですね。

渡辺:例えば、“Kaiju on the Earth”シリーズ(アークライト)だけでも、上杉真人さん(うえすぎまさと・『ボルカルス』2019年)、金子裕司さん(かねこゆうじ・『レヴィアス』2020年)、林尚志さん(はやしひさし・『ユグドラサス』2020年)、川崎晋さん(かわさきすすむ・『ゴジラ』2022年)、ポーンさん(『クアント』2023年)、明地宙さん(めいちそら・第5作)、Bakafireさん(第6作)と錚々たるゲームデザイナー陣の力を借りて作品が完成してきたわけですが、皆さんゲームの作り方も価値観も本当にバラバラで、個性的でした。そんななか、自分が作家さんとどうコミュニケーションを取っていくべきか、ぞれぞれの実力をMAXに発揮してもらうためにはどうすればいいか、というアプローチは、エニックス時代に学んだことを自分なりにアレンジしながら、いろいろ工夫している感じですね。

『まっぷたツートンソウル』(2022年)のように、たまに自分でデザインするゲームもあるんですが、僕自身はゲームデザイナーとしてより、プロデューサーやディレクターとしての仕事のほうが本業だと思っています。なので、自分でゲームデザインをする場合は、プロデューサーとしての自分が「こういうの作ってよ」とデザイナーの自分に脳内で依頼するような感じですね。ですから、自分の手には余るような作品……たとえば『ユグドラサス』みたいに複雑でコアなゲームは(ゲームデザイナーとしての)自分には向いていないから林さんにお願いしよう、『破宮のデクテット』(2022年)も僕よりクレバーな上杉さんに依頼しよう、ということになります。でも、シンプルなコミュニケーションゲームなら渡辺もなかなか良い仕事をするから、『まっぷた~』は自分で自分に発注するか……といった感じですね。

周囲のデジタルゲーム人脈が次々とボードゲーム界へ転身し、刺激を受ける

──エニックスでプロデュースのお仕事を続けながらも、そこからアナログゲームのほうに転身されるわけですが、どのような経緯があったのですか。

渡辺:自分が入ってわりとすぐにエニックスはスクウェアと合併してスクウェア・エニックスになりました。合併の前も後も、僕はずっとPC向けのMMO RPG(多人数同時参加型オンラインRPG)のプロジェクトを担当していましたね。

大学時代からコミュニケーションを主体にしたゲームが好きでしたから、そのジャンルに携われるのはラッキーでした。MMORPGの黎明期だったこともあり、新しくて面白い文化がまさに今ここで育っている!という興奮もすごかったです。ただ、オンラインゲームのプレイヤー間コミュニケーションにはやはりある程度の匿名性があり、直接会ってするものでもありませんから、一段フィルターがかかっている。コミュニケーションの奥行きに限界も感じていたんです。

その頃に、現在のすごろくやの代表の丸田康司(まるたこうじ)さんが、ボードゲームのお店を始めるという話を聞きました。丸田さんご自身のことはチュンソフト(『ドラゴンクエスト』や『弟切草』などを開発・発売。現スパイク・チュンソフト)にいらっしゃる頃から知っていて、お会いしたこともあって。その丸田さんがボードゲームショップを開くと聞いて「そんな選択肢があるのか?」と驚いて、実際にすごろくやさんに行って丸田さんにいろいろなゲームを遊ばせてもらったときに、さらに大きな衝撃を受けたんです。「ああ、自分もこっち(アナログゲーム)かもしれない」って。

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それと当時、僕がスクウェア・エニックスで提案準備していたプロジェクトのひとつに外部のディレクターとして参加していたのが、現オインクゲームズの佐々木隼(ささきじゅん)さんでした。当時、佐々木さんとほぼ同時期にアナログゲームの衝撃をうけて、一緒にゲームを遊んだり、買って持ち寄ったり、オープンのボードゲーム会を開催したりもしていたんです。『ごきぶりポーカー』『パンデミック』なんかの頃ですね。

そんな中で、佐々木さんがゲームマーケットに出てゲームを売ってみたい、と言って、そこからあっという間にオインクゲームズの会社ができてしまった。

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──佐々木さんにもおうかがいしたのですが、ゲームマーケットに出展するためにオインクゲームズを作ったということでしたね。

渡辺:その時に僕も一瞬だけ声をかけてもらったというか、「今度会社をつくるんで、渡辺さんもボードゲームを作りたかったら、そこから発売することもできますよ」と言ってもらった覚えがあります。だから、ドイツゲームの洗礼を受けたのは同時期でも、佐々木さんのほうが僕より一歩先を歩いていましたね。僕がまだ会社を辞めるかどうか迷っているとき、佐々木さんはもうゲームマーケットに出展を決めていた。僕もスクエニに在籍したまま、オリジナルゲームの構想を練ったりはしていましたが、どうも具体化するプロセスが見えていなかった。

そんななか、ある日、佐々木さんがアナログゲームの作り方について突然「分かった!」と言いだしたことがあったんです。そこでテストプレイさせてもらったの『エセ芸術家ニューヨークに行く』の原型になったゲームです。スクエニの入っていたビルの一階にあるピザ屋で、紙とペンで遊んだんですよね。

──ほぼ同じことを佐々木さんからもお聞きしました。

渡辺:それを遊んで、「確かにゲームになっている!」と驚きました。それと同時に、僕自身も「なるほど、こういうことか」って、アナログゲームのデザインという行為が何となくつかめたというか……もちろんゲームデザインという奥深い世界の入り口に立った程度の話ですけど、それまでゼロだったものが1になったような実感がありました。

そんなこんなで、僕のボードゲームへの興味は膨らむばかりで、会社でもボードゲームに関する企画ばかり提案していたんです。『人狼』のオンラインサービスみたいな企画とか、スクエニのIPをボードゲームに転用するような企画とか。いろいろ考えたのですが、まったく企画が通らなかった。

これは企画が面白いとかつまらないとか以前に、当時の日本におけるボードゲームの市場規模と、スクエニの会社規模がまったく釣り合っていなかったんですよね。例えば年間数千万円の利益が出るプロジェクトをやったとして、スクエニの規模だと「1年もかけて数千万稼ぐなんて、やる意味ないでしょ」ってことになりますが、個人や少人数の会社だったらそれで充分食っていけるわけです。ボードゲームはコンテンツとしては面白いけど、この会社の事業規模に合っていない。だからスクエニのことは全く嫌いになったりはしていませんでしたが、自分がやりたいことは、ここでは実現できないということを悟りました。

独立して中野ブロードウェイで店舗開設、ゲーム制作も開始

渡辺:2011年に、これは独立するしかないな、と思ったところで会社を辞めて、中野ブロードウェイでドロッセルマイヤーズの店舗を始めました。店舗を始めた理由は、自分で作ったゲームを確実に置ける場所が欲しかったというのもあって。独立の時点でオリジナルゲームを作る計画が念頭にあったわけですが、他のお店……例えば、大手玩具店にそれを置いてもらえるかというと、結局そこで資本の論理を説得しないといけなくなるわけで、それじゃあスクエニで企画を通すのと一緒じゃん!と思いました。なので、まず自分のお店を持って、最低限そこでは売ることができるという環境を整えたんです。

中野で店を始めるにあたって、同じ中央線沿線で近くになりますから、(当時、高円寺に店舗があった)すごろくやの丸田さんにご挨拶に行きました。丸田さんは僕にとってはボードゲーム業界における先生のような存在で、本当にいろいろなことを教えてもらいましたから、断りもなしに近くで競合する店を始めるわけにはいきませんでした。ありがたいことに「いいお店が増えることは歓迎する」といった趣旨のお言葉をくださって、快く了承していただけました。

──お店を開店した一方で、ゲームの制作も始められていますね。

渡辺:最初は『スタンプス』(2011年)の制作に参加しました。これはライナー・クニツィアの『モダンアート』をリニューアルした日本語版なんですが、グラフィックデザインを佐々木さんがやっているので、テイストとしてはオインクゲームズ作品のイメージが強いと思います。ドロッセルマイヤーズ完全オリジナルの第一作は『アダムとイブ』(2011年)ですね。当時お店にカップルで来るお客さんが多くて、2人用のゲーム、たとえば『ガイスター』などがよく売れていました。2人用というと対戦型が多かったですから、カップル向けに仲良くプレイできる協力型のゲームがあればもっと売れるのに……と思い、自分でデザインしたのが『アダムとイブ』になります。実際、うちの店舗ではとてもよく売れました。

当時のボードゲーム専門店は、すごろくやさんが唯一ファミリーやカジュアルユーザーを強く意識して運営されていましたが、基本的にはコアなお客さんが支えているお店が多かったと思います。それに比べると、うちは立地的に路面店のような性質が強くて、中野ブロードウェイの中を回遊しているお客さんが覗きにくるケースが多いので、「ボードゲームって何?」というお客さんに売っていく必要がありました。それでいて、単にカジュアルなわけではなくて、何か強いフェティッシュなこだわりを感じるような店舗……という微妙なバランスを取ろうとしていて。

このあたりは共同経営者の真城七子(ましろななこ)のコンセプトに基づいています。僕がスポークスマン的に表に出る機会が多いので、ドロッセルマイヤーズ=渡辺範明というイメージをもたれる方も多いと思うんですが、むしろ僕は真城のコンセプトを形にするべく動く実行部隊、というつもりで店舗を運営していました。ここもスクエニ時代からの「作家のビジョンを実現するのがプロデューサー」という仕事の仕方ですね。彼女がヨーロッパの貴族文化や宮廷文化などを紹介する本を書いていた関係で、「ドロッセルマイヤーズ」という店名や「くるみ割り人形」にまつわる世界観、輸入雑貨店のような内装や『アダムとイブ』など初期作品のテイストが生まれました。

そんな感じでオリジナルのゲームもコンスタントに発売するようになってきて、ボードゲーム制作ワークショップ、大規模人狼イベントの企画運営をしたりなど、徐々に活動の幅が広がってきたところで、開店3年のタイミングで中野ブロードウェイの実店舗は閉店し、ネットショップのみの営業に切り替えました。売上的には赤字でもないし、それほど儲かってもいない…という微妙な状況だったのですが、その3年の間に市場の状況も大きく変わってきて、家電量販店でもボードゲームコーナーが出来てきたり、うちの他にもボードゲーム専門店が増えて、販路が広がってきていました。

それで「店舗兼メーカー」という中途半端な立ち位置をやめて、明確にアナログゲームメーカーの方向に舵を切った感じになります。ただ、表向きにはその後しばらく、新作ゲームが数年間出ない時期に入ってしまうんですが……。

──その間は何をされていたのでしょうか。

渡辺:現在、株式会社アークライトでボードゲーム編集者をしている野澤邦仁(のざわくにひと)さんと一緒に、日本科学未来館の『未来逆算思考』という常設展示の制作プロジェクトに携わっていました。企画公募によるコンペから参加したんですが、全長10メートル以上ある巨大なボードゲームでもあり、プロジェクションマッピングによるデジタルゲームでもあり、大学時代に学んだような建築デザイン的な性質もあり、そしてもちろん科学展示でもある……僕としては、これまで学んできたことの集大成のような、やりがいのあるプロジェクトでした。

また、野澤さんとは彼が学生の頃からの旧知の関係ではありましたが、がっつり組んで一緒に仕事をするのはこれが初めてで、後の“Kaiju on the Earth”シリーズでのパートナーシップの基礎が築かれた時期でもあると思います。

“ゆるゲー” “Kaiju on the Earth” “ヨフカシプロジェクト”……シリーズを生み育てていくという仕事の「発見」

──それで2014年からしばらくゲームの発表がなかったわけですね。

渡辺:そうですね。ただ『未来逆算思考』が完成したのは2016年なんですが、それからしばらくの間はちょっと燃え尽き症候群というか……PodcastでTANSANの朝戸さんに「これから何を作ればいいのかわかんないんだよね」とかボヤいている記録が残っています(笑)。それでしばらくいろいろ考えていたんですが、「あっ、自分が今やるべき仕事ってこういうことかも!」というイメージが出来たのが、2018年ぐらい。それをうけて最初に作ったゲームが『ドロッセルマイヤーさんの法廷気分』です。これは“ゆるゲー”シリーズと銘打って発売したのですが、僕にとってこの「シリーズを丸ごと生み育てる」という仕事の発見はものすごく重要でした。

この発想のもとには、先ほどのオインク佐々木さん、アークライト野澤さん、米光一成(よねみつかずなり)さん、ニルギリさんら、有志のボードゲームクリエイターたちが開催していたたこれはゲームなのか?展という展覧会があります。これを見て、個々の作品の面白さはもちろんですが、それ以上に僕にとってインパクトがあったのは、そのパッケージングでした。展示物を見た人が「これはゲームだな」「これはゲームじゃないのでは?」とそれぞれに考えたくなるような、このタイトル。それが個々の作品の味わい方を上手にプレゼンテーションできていると気付いたんです。

これが、そのころ僕がアナログゲーム業界に感じていた課題……つまり「単独のヒット作は時々生まれるけど、それが持続しない→シーン全体の盛り上げになかなかつながっていかない」という問題意識と合致して、なにか有効な一手になるかもしれないと思いました。

つまり、ちょっと説明が難しいのですが、『未来逆算思考』以降の僕は、個別のゲームを作るだけではあまり状況を変えられないような気がしていて、もっとボードゲーム業界全体を盛り上げていったり、産業として少しでも健全な成長を促していくような、「太い流れ」を作れないものか?と思っていたんですね。そういう中で、「これはゲームなのか?展」にヒントを得てスタートした“ゆるゲー”シリーズは、ゲームなのかどうかギリギリの、ある意味でアバンギャルドなゲームを商品化していくシリーズなのですが、それを「芸術作品」のように紹介してハードルを上げるのではなく、逆に「ゆるいゲーム」と呼ぶことで究極のカジュアル・アナログゲームに仕立てていくというコンセプトです。

──一方で、渡辺さんがプロデュースしているアークライトの“Kaiju on the Earth”シリーズは、“ゆるゲー”とは対極的といえる本格派の作品群として仕上がっています。

渡辺:“Kaiju on the Earth”シリーズは、僕としては”ゆるゲー”で試した「ボードゲームシリーズ」という発想を、アークライトという日本最大のボードゲーム企業で展開する場合はどういう内容がふさわしいか?という発想でスタートしています。アークライト野澤さんからの依頼として「アークライトを、ひいては日本を代表するようなボードゲームシリーズを作りたい」というお題をもらい、そこに”ゆるゲー”シリーズの経験と、スクエニで見てきた『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』といった大作シリーズのブランディング手法をミックスして企画をまとめました。

ブランディングというのは個々の作品を作るクリエイターだけでは成立しない部分も多くて、座組、予算編成、スケジューリング、プロモーションなど、プロデューサーがやるべき仕事がたくさんあります。そこに自分や野澤さんのような「半分クリエイター/半分ビジネスマン」という人間だからこその役割を見出していったんですね。

このシリーズでなぜ“怪獣”を題材として選んだのか?については、いろいろな説明ができますが、ボードゲームのようなプレイヤーが想像力を働かせながら積極的に参加するメディアだからこそ表現できる物語体験が「怪獣映画」の文脈に発見できそうな気がした、というのが一番大きな理由です。

さらに「怪獣」は日本独自の文化でもありますし、いずれ「日本を代表するボードゲームシリーズ」として海外展開したり、他の物語メディア……例えば小説、マンガ、映像作品などに広がっていく可能性もあると思いました。

実は海外販社がほぼ決まっていた段階でコロナの世界的パンデミックが起こってしまい、それが白紙になってしまったのですが、他メディアへの展開についてはちょうど最近(2024年12月)、小学館さんの「サンデーうぇぶり」で隔週連載が始まったマンガ版『Kaiju on the Earthボルカルス』でようやく第一歩を踏み出せました。僕にとっては初のマンガ原作デビュー作品でもありますが、作画は『放課後さいころ倶楽部』中道裕大先生が担当してくれていますし、原作ゲームのファンサービスだけに留まらない、独立した面白さのある本気のマンガ作品にしようと意気込んでいます。

※コミック版『Kaiju on the Earth ボルカルス』(サンデーうぇぶり連載・第1話無料公開中)
https://www.sunday-webry.com/episode/14079602755571963643

それから、”ゆるゲー”と“Kaiju on the Earth”にはもうひとつ違いがあって、”ゆるゲー”は基本的に僕が自分でゲームデザインしているんですが、“Kaiju on the Earth”は各作品ごと異なる作家さんにゲームデザインを依頼しています。これによって、複数の作品を同時並行で制作することが可能になりました。発売は『ボルカルス』『レヴィアス』『ユグドラサス』の順でしたが、この3作はだいたい同時期に制作が始まっているんです。

シリーズ内で複数作品を並行して制作することができるということは、理論的には複数シリーズを並行して制作することも可能だということになります。ちょうど“Kaiju on the Earth”シリーズのスタートと前後して、コナミ&アニメイトグループから「新しいキャラクターIPの創出を目指すボードゲームシリーズを始めたい」という依頼があり、“ヨフカシプロジェクト”立ち上げました。そのまた少し後、小学館のコロコロコミック編集部からは「出版社としての小学館の強みを活かしたボードゲームシリーズ」というご相談があって、“小学館グッドゲームズ”として実現しました。

それぞれのシリーズごとに何本かの作品を並行して開発しているので、僕自身が携わるボードゲームの数は爆発的に増えましたね。とはいえ、1本1本の作品は実力のある作家さんがちゃんと作ってくれているので、僕の役割は「誰にどんなゲームの制作を依頼するか」という「着想の仕事」と、作家さんが悩んだりスランプに陥ることなく実力を発揮してもらえるよう、相談にのったりスケジュールを管理したり、といった「支援の仕事」。

そして完成したゲームの魅力をお客さんに伝えて、きちんと売っていく「着地の仕事」。この三種類に集約されると思っています。

──たくさんのブランド、作品をプロデュースしていくうえで、デザイナーをはじめとするスタッフの選定はどのようにしているのでしょうか?

渡辺:一番大事なのは、やっぱり「実力のある人に、その人の得意なことをお願いする」という事だと思うのですが、各社のボードゲームシリーズごとに異なるコンセプトがあるので、そことマッチするかどうかも大事ですよね。なので、僕の方でかなり具体的に「このシリーズにはこんなゲームが必要で、それを作るのに最高の作家さんはこの人だ」というビジョンを描いてから依頼することも多いです。”Kaiju on the Earth”は大体そうですね。

ただ、日本のボードゲーム業界全体の底上げを考えると、できるだけ多くの新しい才能が参加していって欲しいとも思っているので、いろんな作品に触れる中で「いつかこの人と仕事したいなあ」というクリエイターを心の中にストックしておいて、企画ごとそのチャンスを探している側面もあります。これはゲームデザイナーだけでなく、イラストレーターとかグラフィックデザイナーさんもそうですね。

──『Kaiju on the Earth』シリーズは、作品ごとに毎回かなり違うタイプのゲームになっています。これもコンセプトとして意識して盛り込んでいることでしょうか。

渡辺:ボードゲームをシリーズ化すると、例えば『パンデミック』などは有名シリーズですが、基本システムはひとつで、それを「ダイス版」「レガシー版」と、いかにバリエーション展開していくかという感じになりますよね『カタン』『ドミニオン』などもそうで、根本は同じゲームシステムで、枝葉を変えていく感じです。そうすると各メーカーとしてはがんばって新鮮味を持たせようと工夫するものの、どうしてもお客さんのうち一定の割合は飽きて、離脱していってしまう。

この悩みを解決する方法はないだろうかと考えて、”Kaiju on the Earth”では「世界観だけを統一して、ゲームシステムは全て異なる」というアプローチを試しました。これがもっともサスティナブルなシリーズの作り方じゃないか? という訳ですね。だからこそゲームデザイナーも毎回違う人に頼めるわけですし、作風の多様性も生まれてくる。究極的には、”Kaiju on the Earth”だけ遊んでいれば代表的なゲームジャンルは網羅できてしまうぐらい、それぞれが違うジャンルのゲームになるのが理想ですね。まあ世界観とゲームシステムの相性というのもあるので、例えば「爆笑パーティーゲーム」みたいな路線はあまりマッチしないと思いますが(笑)。

「シリーズを丸ごと育てる」という仕事を各社さんと一緒にやっていると、それぞれの企業にはその会社ならではの文化やビジネス的な強みがあることがよくわかります。それらを活かしたブランドを一緒に考えていく、というのは僕自身にもすごく勉強になりますね。丸田さんがすごろくやブランドに、佐々木さんがオインクゲームズのブランドに、野澤さんがアークライトのブランドに対してやっているプロデュースの仕事を、僕は依頼さえあれば誰にでも、どこの会社にでも力を貸せる立場です。これが今のところ、自分の能力を一番広く役立てられる方法なような気がしています。

ボードゲームを通じてプレイヤーが“遊び力”を上げ、豊かな遊びの文化が育ってほしい

──渡辺さんが携わったゲームのなかで、ご自身がおすすめするとしたらどのタイトルになりますか。

渡辺:どのゲームにも思い入れがありますし、アナログゲームにはそれぞれ向き不向きがありますので、一本に絞るのは難しいですね。でも、一番「ボードゲームらしい体験」を高品質に提供できていると思うのは『ボルカルス』でしょうか。

渡辺:それとは対極的に、「ゲームってこういうものまで含んでもいいんじゃないか?」という可能性を広げるものとしては、『ドロッセルマイヤーズさんのさんぽ神』ですね。最近、アプリ版(iOS)出て、こちらもいわゆるボードゲームファンとは異なるお客さんからも驚くほど反響をいただいています。『さんぽ神』は「ルール量が少ない」という意味ではカジュアルゲームなのですが、実はユーザーに要求する労力はめちゃくちゃ大きいですよね。2~3時間のボードゲームって普通は重ゲーですが、『さんぽ神』は普通に半日使ったり、なんなら「どこかで宿泊する」みたいなお題までありますから(笑)。

──『ドロッセルマイヤーズさんのさんぽ神』はVTuberにプレイされたりして注目を集め、今年(2023年)人気が再燃しました。

渡辺:『さんぽ神』の発売は3年前なのですが、なぜか今年いろいろなところで同時多発的にご紹介いただいて、爆発的にプレイヤーが増えました。SNS上で全国のプレイ報告を見られて、夢のような状況ですね。ドロッセルマイヤーズの設立当初にそれこそ真城七子が提唱したコンセプトとして、「ゲーム」というより「遊び」の文化そのものを豊かにしたいというものがあって、そこにも当てはまるタイトルです。

世の中の「遊び」が豊かになってくれれば、それは必ずしもゲームという形式じゃなくていいと思っていますが、一方でボードゲームというものはいろいろな遊びのエッセンスを取り込める触媒なので、豊かな遊びの提案にとても有効なツールです。『ドロッセルマイヤーさんのさんぽ神』はかなり「ゲーム」から離れて「遊び」の側に振り切った作品で、それが発売後しばらくして今になって人気を集めるというのも、なにか時代のムードが合ってきたのかな、と思いますね。

──最後に、渡辺さんが関わるゲームをプレイしている皆さんに一言お願いします。

渡辺:ゲーム……特にアナログゲームはそうなんですが、その面白さの半分は「遊び手」が作るものだと思います。同じゲームでも、遊ぶメンバー次第でがらりと面白さが変わってしまう、という体験は皆さん身に覚えがありますよね。名作と言われるゲームが完全に滑るときもあるし、クソゲーだと思ったゲームがなぜかドカンと盛り上がることもある。ですから、もしあなたがアナログゲームで楽しい時間を過ごしたら、その楽しさは半分あなた達が生み出したものなんだ、ということを伝えたいです。

では僕らゲームの作り手の仕事は何かというと、そういう人間が本来持っている「遊び力」を引き出すツールを提案すること。

『さんぽ神』のようなゲームは、ユーザーに対して本当にわずかな「面白さのきっかけ」を与えるだけのものです。でも、その小さな石を投げ入れると水面に波紋が広がっていくように、人間の脳内に面白さが広がることがある。

遊べば遊ぶほど、遊び手の「遊び力」が刺激され高まっていくような、そんなゲームを作っていけたら嬉しいですね。


いかがだっただろうか。ラジオ番組の出演もこなす渡辺氏は話術も巧みで、次々と興味深いエピソードが飛び出し、予定されていた取材時間はあっという間に過ぎ去った。

その交友関係は広く、今回の話にも登場したすごろくやの丸田氏、オインクゲームズ佐々木氏を筆頭に、国内有数のゲームデザイナーやパブリッシャーの名が次々と挙がる。さまざまな人と人の間を繋げてあまたの名作を世に送り、2023年はデジタルゲームの著書出版に加えて漫画原作にも手を広げた渡辺氏。自身の能力がもっとも発揮されると語るボードゲームのプロデュースでも、まだまだ新たな仕掛けがありそうだ。2024年も渡辺氏の動きに注目しておこう。

ドロッセルマイヤーズ(サイト):http://drosselmeyers.com/?pid=150692724
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